History of Turntablism and Scratch

ターンテーブリズムとスクラッチの歴史と貢献したDJと音楽家たち



始まりはRock Itだった


世界中にテレビを通じて初めてスクラッチ音楽を伝えたのは、GrandMixer DXT [グランミキサー・ディーエックスティー]ということになっています。
  Grand Mixer DXTは70年代後半からアメリカのサウスブロンクスを中心として活躍していたDJで、地元ではともかく、 世間的には認知度はほとんどなかったといってもいいかもしれません。
彼のDJとしての善し悪しを別にしても、当時はまだ「DJだけが単独で認知される」という風土はなかったのです。


「RockIt」をプレイするハービー・ハンコックとGrand Mixer DXT 
音楽とライブの楽しさを示してくれていたこの時代。



彼が世界で初めてスクラッチをテレビで披露したその舞台はなんと、グラミー賞の受賞コンサートでのことでした。
1984年のことです。
これは一種の事件でもありました。

この年のグラミー賞を受賞したのはHerbie Hancock[ハービー・ハンコック]の歴史的な名曲「RockIt」でした。

 この秀逸なファンク曲がグラミー賞を受賞したのは当然として、どこにスクラッチが関係しているかというと、 実際に聴いてみるとわかるのですが、冒頭にスクラッチが曲に組み込まれています。 GrandMixer DXTがこのスクラッチ部分を担当することになったのです。 グラミー賞の授賞式でも、GrandMixer DXTが演奏しています。
彼がターンテーブルに手を置いてスクラッチをしている映像は、グラミー賞の受賞コンサートのテレビ放映ということで、世界何百万人の人たちの目に映ることになりました。
それは演奏形態としては特殊で、
多くの人々にとって非常に新鮮なものに映ったはずです。

 これがスクラッチの歴史への最初のインパクトであったことは疑いの余地がありません。 実際に、ドキュメンタリー映画「SCRATCH」の中でも、Q-BertやMixmaster Mikeなど多くのDJたちが、「最初にスクラッチに興味を持ったのは、この時のコンサートを見て」だったと語っています。

これが1984年のことです。
今から20年以上の前のことです。

 このRockItでのスクラッチのテクニック自体はどうというものではなく、何よりテクニックなどというものがまだそれほど存在していませんでした。 それよりも大事なことは「音楽の中にレコードの摩擦音=スクラッチが入り込むとカッコイイ」ということが初めて世に知らされたわけです。

これは大変な重要なことです。

 そんなわけで、私はこの時にスクラッチを担当したGrand Mixer DXTもさることながら、RockItの作曲者であるハービー・ハンコックの偉大さを見いだすのです。 ハービー・ハンコックは元々はジャズフィールドのミュージシャンですが、 ファンクに新しい方向性を見いだした時に作った曲がこの「RockIt」です。 そういう勝負曲に、今まで誰も挑戦したことのない「スクラッチを組み込む」ということを成し遂げた、そのチャレンジ精神には頭が下がります。 今では、スクラッチ音など、ポピュラーミュージックならおよそどんな曲にでも入っていますが、当時は大変な実験だったのです。

スクラッチの始まりがRockItだったわけではないですが、その貢献度は一番であり、 比較的歴史の新しいスクラッチという音楽文明の歴史を語る上で外すことはできないでしょう。


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