創造神ヌーワへ捧げる地球の音楽

クラシックの復権/ パーセル / ウェンディ・カルロス「女王メアリー二世のための葬送曲」



Purcell パーセル : 女王メアリー二世のための葬送曲




この「女王メアリー二世のための葬送曲」 という美しいメロディを持つけれども、比較的地味なクラシック曲は、もともとは17世紀のイギリスの作曲家だったヘンリー・パーセルが、結局は自らの死の年ともなった1695年に、その前年に若くして病気で亡くなったイギリスの女王メアリー二世の葬儀のために作った曲でした。

パーセルは英国では偉大な作曲家とされていたし、この曲も素晴らしい曲かもしれないですが、多くの人々の記憶の中から消えていたクラシック音楽のひとつだったことは否めないと思います。

時は経ち、その約 280年後

1972年にこの曲が再び、今度はさらなる大音量で、しかも、それはシンセサイザーで演奏された音で、しかも、それはスクリーンの上に登場します。しかも、もともとは葬送曲だったこの曲が、世の若者たちに「過剰なバイオレンスの時代の幕開け」を告げるテーマとして登場したのです。

そう。

「時計じかけのオレンジ」のオープニングテーマとして。




▲ このオープニングシーンで280年前の死んだクラッシック音楽が、次世代のパンクの霊たちを呼び出す役割を持って登場しました。過去の時代に対しての「葬送曲」として。


この曲をシンセサイザーで演奏し直したのは、当時新進気鋭の作曲家ウェンディ・カルロスという女性(彼女は性転換していて、その前は男性でした)。

このウェンディ・カルロスがおこなった一連の仕事は、クラッシック音楽が「生きた状態」として今の世の中に残ったことと大変に関係しています。「クラッシック音楽の存亡を賭けた仕事」といっても構わないと思います。その最大の理由は、クラッシック音楽に「自由の概念」を持ちこんだからです。

クラッシック音楽は音楽自体は素晴らしいものが本当は多いはずです。
そのメロディ、展開、感情の表現。

なのに、せっかくのいいものが規則だの「指定された楽器じゃなきゃダメ」だの、もうガチガチに堅苦しくなってしまって、この1970年代くらいにはほぼ完全に「若者の支持」を失って、「なんだか堅苦しいもの」という捉え方をされるだけのものとなっていた。

音楽の神様も「これじゃいかん」と。

そうこうしていると、やはりその地球の流れを修正する人というのが出てくる。

ウェンディさんのような人が。

この流れは、ディスコ作曲家ウォルター・マーフィーによる 1976年の大ヒット曲「運命 '76」というようなものにも結びついていきます。





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