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Electric Musicians


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エレクトリックミュージックの歴史

robert-moog.jpg 「既製の音楽の中にいろいろな音=ノイズ」を入れる試みというのは、若干のクラシック現代音楽と、多くの60年代のロックから始まったもので、1967年頃には「シンセサイザー」という言葉が定着し出す。
左の写真が現代シンセの父と呼ばれるムーグ氏 ( Robert Moog 1934 - 2005 ) 。2005年に永眠。

1972年にHot ButterというユニットによるPopcorn - ポップコーンという曲が世界的な大ヒットとなり、シンセサイザーの存在を知らしめると同時に、その大衆性の可能性に気づく人たちが出てくる。
同じ頃、ドイツの音楽家、ウェンディ・カルロス(現在の名前。性転換前はウィリアム・カルロス)が「>スイッチド・オン・バッハ」という、バッハの曲をシンセサイザーでカバーしたアルバムを発表し話題になり、さらには、彼(彼女)は、「映画時計じかけのオレンジ」の音楽を担当(クラシックをシンセでカバー)し、シンセの認知度は決定的となる。70年代からは、後にディスコヒットを連発するプロデューサーであるジョルジオ・モロダーがダンス曲に積極的にシンセを導入して、シンセサイザーとダンスミュージックは切り離せない存在となってくる。

ドイツでは、60年代から活動していたフリーロックバンド、クラフトワークが74年に「アウトバーン」を発表してテクノポップの先駆とされるに至る。同時期に、タンジェリンドリームレジデンツなども活動を開始。

80年代に入ると、ポピュラーミュージックからノイズ、アバンギャルドまでシンセサイザーが関与しない音楽を探す方が難しくなってくる。特にダンスミュージックの歴史は、黒人ビート音楽から発展した ストリートR&B→ HIP HOP 系と、主にインダストリアル→ハウス→テクノ→と変化してきたエレクトロダンスミュージックの2つま音楽ジャンルが、ダンス音楽の二大勢力となり、現在までそれは続いている。

前者は HIP HOP として、後者はテクノミュージックとして、そこから派生したあらゆるミニマムなジャンルを包括しながら現在まで続いている。

さて、それではこのジャンルの始祖とは誰だろう?

いろいろと言われるが、個人の意見としては、シンセサイザーミュージックをソウルやディスコに組み入れたジョルジオ・モロダーということににしておきたい。

Some Vids

We are all Getting Old - 1981



エレクトリックミュージックの歴史に重要なアルバム
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